~豊かで幸せな音楽時間~

昨日の室内楽レッスンの続きなのですが、とても考えさせられた「ペダル」のお話を。

2回目と3回目のレッスンにて「ペダルの研究をする必要がありますよ」とご指導頂いたのです。

先生のおっしゃることはよく分かるけど、うーんペダルかあ、どう研究すればいいのかな…と実は迷っていました。

迷いがずっとあったため、水曜日の赤松先生のペダリングの美しさが衝撃で、足元を凝視し、その末にどのような響きとなるかを全身で聴きました。

そして、昨日の4回目のレッスンにて、ピアノ特有のペダルの重要性がやっと分かりました!!




結論から言えば、チェロの先生の言葉「どんなに素晴らしい演奏でも、ペダリング次第で台無しになる」

もちろん、素晴らしい演奏はペダル込みですが、ペダルの重要性と効用をよく理解していますか?ということですね。

響きを増したい、レガートにしたい、美しく混ぜる、など効用がある一方。

・繊細さを欠いた踏み方と外し方はガコガコ無粋な音が混じる。
(まるで打楽器が混じっているかのようだよ!と弦の先生より)

・安易に踏んで音がジャボジャボ。
(これを響きと取るか、混濁ととるか。何を、どうしたいのかな?意味のあるペダルになってる?耳と感性の問題でしょうか……)

・和声の動きを抹消。
(和声の微妙な変化と動きと発展に気を配っていたら、そのペダリングは和声を抹消してることに気づくはず……)

・正直……
惰性でなんとなく・とにかくペダルを踏まずにいられない・弾けていないのを誤魔化したい。
(実はこの心の癖、多いのかもしれません)



自分の音をよく聴いて、和声の流れを本当に考えていたら・メロディを生かすためなら。
音がジャボジャボになるペダリングなどにならないはず。



水曜日から昨日、今日にかけて、ぐるぐるとペダルのことを考えていて……今は穴があったら入りたい!!気持ちでいます。

ペダルに無頓着なピアノ奏者が実に多い、と3人の先生方が口を揃えていました。

美しく響かせるには、まず指先の意識、イメージをどう指先で表現するかが大事なのに。

それを助けるためのペダリングなのに、安易にとりあえずなんとなくペダルを踏んでいることが、何と多いことか。

あーごめんなさいっ!

倍音も含み、前後の和音が混ざりすぎて、美しい音とは程遠い。

その音は濁って、弦楽器と響きと合わないそうです。

私の音が弦楽器とお話出来ないでいる、ひとつの原因がここか……1個判明。

室内楽や伴奏に限りませんね、もちろんソロ演奏にも当てはまります。

ソロ演奏しか学んでいない奏者は、実にペダリングに対して無頓着で、ペダルに麻痺しているとのこと、聴くとすぐにお分かりになるそうです。

一人で完結するピアノは、アンサンブルで寄り添って響きを作る必要が無いからで、少々濁っても無頓着と……

ペダル踏んでれば、なんとなくきれいかも~というような感覚でしょうか。

それよりも先に、指で、頭の中のイメージで、まずは美しく響かせないといけませんね。

「繊細なペダリングを研究してきてね」とご指導頂き、恥ずかしい恥ずかしい思いでいっぱいです……

私に出来るのかと少々不安も抱えながら、やるしかないです!

私が素晴らしいと感じるピアニストは、調べてみると全員、室内楽を学んでいらっしゃるのですもの!




1楽章はほとんどペダルを止め、音の響きや方向性に集中した練習をしていますが、倍音を含んだ音がスッキリと鳴り、少しは弦と歩み寄れるかも……

というところですが、2楽章は恥ずかしながらジャボンジャボンです。

あー嫌だ、こんな音出してて恥ずかしい……

赤松先生のリサイタルと昨日のレッスン、何というタイミング。

さあ頑張れ、私!

薄いペダル、繊細な踏み外しなどの微妙な感覚、磨くぞ~!




       《音楽で幸せに》

         所沢市
  ♪ ピアノ教室フェリチタ(矢崎ピアノ教室)♪

      http://www.sachi-piano.info